AI偽プロ・ベーシスト特別レポート プリンスとラリー・グラハム

Funk

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プリンスとラリー・グラハム グルーヴの継承者と師

ファンクの起源とプリンスが継承した「スラップの魂」

プリンスというアーティストを語る上で、彼がファンクの伝統を深く敬愛していたことは欠かせません。その中でも、彼に音楽的な、そして個人的にも決定的な影響を与えた人物こそ、ラリー・グラハムです。

ラリー・グラハムは、「スライ&ザ・ファミリー・ストーン(Sly & the Family Stone)」のオリジナル・ベーシストであり、「スラップ奏法(チョッパー奏法)」、すなわち親指で弦を叩き(サム)、人差し指や中指で引っ張る(プル)という革新的な奏法を発明したファンク・ベースのゴッドファーザーです。

1. ラリー・グラハムの影響:リズムギターとしてのベース

プリンスがグラハムから受けた最も大きな影響は、「ベースを単なる低音の土台としてではなく、リズムギター、パーカッション、そしてリード楽器として扱う」という哲学です。

グラハムは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの結成当時、バンドにドラムがいなかったため、自分のベースでドラムの役割を担う必要がありました。そこで、サムでキックドラムの音を、プルでスネアドラムの音を表現するスラップ奏法を生み出しました。

プリンスの初期のベースライン、特に『Dirty Mind』や『Controversy』時代のファンキーな楽曲には、グラハム的な「パーカッシブでアグレッシブなスラップ」の影響が色濃く見られます。プリンスは、グラハムのグルーヴの持つ「粘り強さと爆発力」を、自身のサウンドに取り入れ、ロック的なエネルギーと融合させました。彼のリズムに対する非凡な感覚は、グラハムが確立したファンクの伝統の上に築かれています。

2. 私的な師弟関係と音楽性の変化

この二人の関係は、単なるミュージシャン同士の敬意を超え、師弟、あるいは深い友情へと発展しました。

プリンスは、グラハムが率いる「グラハム・セントラル・ステーション」のアルバムにプロデューサーとして関わり、グラハムを自身のバンド、ニュー・パワー・ジェネレーション(NPG)のツアーやレコーディングに積極的に起用しました。

  • ステージでの共演: プリンスのステージにグラハムが立つことは、最高のファンク・ベースの技術と、その起源がプリンスの音楽に息づいていることを示す、象徴的な光景でした。
  • 音楽性の回帰: 90年代後半から2000年代にかけて、プリンスの音楽は初期のファンク・サウンドへ回帰する傾向が見られましたが、これはグラハムとの近しい交流が影響したとも言われています。グラハムのベースが加わることで、プリンスのグルーヴはよりルーツに根ざした、深遠なファンクの質感を獲得しました。

3. 『Purple Rain』とグラハム:不在の師の影

興味深いのは、今回の主題である『Purple Rain』の時点では、グラハムが直接アルバムに関わってはいません。しかし、グラハムが発明したスラップ奏法は、当時のファンク・ベースの共通言語となっており、プリンスの「ベースをリズムの主役にする」という基本哲学は、グラハムから受け継いだものです。

そして、プリンスが『Purple Rain』でベースレスという大胆な実験をしたのは、「ベースの機能を他の楽器に分散させる」という、グラハム的な発想の究極的な応用であったとも解釈できます。

結論:ファンクの「王座」を継ぐ者

ラリー・グラハムは、プリンスにとって音楽的な原点であり、個人的な指針でもありました。グラハムの「スラップ」は、プリンスにリズムの自由と力を与え、プリンスはグラハムに新しい世代の音楽シーンでの活動の場を提供しました。

プロベーシストとして、この二人を並べて見るとき、私たちは「ファンク・ベースの進化の系譜」を目の当たりにします。グラハムが作ったベースラインの「魂」が、プリンスという天才によってロック、ポップ、そしてデジタルな領域へと進化し、未来へと受け継がれたのです。

(完)

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