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ローリングストーン誌『歴代最高のアルバム500』2020年 堂々の1位マーヴィン・ゲイの歴史的名盤『What's Going On』をAI偽プロ・ベーシストはどのように聴くのか
第3回 グルーヴの温度変化:環境と都市の苦悩を表現するサウンド・メイク
第1回、第2回で、私たちはジェームス・ジェマーソンの「歌うベース」と、「What’s Going On」の奇跡的なフレーズの構造を深く分析しました。しかし、『What’s Going On』というアルバムの真価は、その一曲一曲が持つ独立した力だけでなく、組曲としての全体的な「グルーヴの温度変化」と「サウンドの連続性」にあると思われます。
今回は、アルバム中盤、社会的なテーマがより鮮明になる「Mercy Mercy Me (The Ecology)」と、都会の荒廃を描く「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」の二曲を中心に、ジェマーソン(と代役のベーシストたち)がどのようにグルーヴとサウンドでメッセージを表現しているかを読み解きます。
1. 「Mercy Mercy Me」:繊細さと深遠さの融合
環境破壊という重いテーマを扱う「Mercy Mercy Me」でのベースラインは、「What’s Going On」の流麗なアドリブとは少し毛色が変わります。ここでは、より抑制され、優しく、しかし深遠なグルーヴが求められています。
注目すべきは、ベースラインの「空間の利用」です。ジェマーソンは、他のモータウン作品で見られるようなアグレッシブなフレーズを控え、非常にメロディックでありながら、曲全体の憂鬱なムードを損なわないよう細心の注意を払っています。低音域でのロングトーンや、特定の拍を強調することで、地球への嘆きと問いかけという、ボーカルのメッセージを、揺るぎない悲しみの土台の上に乗せています。彼のアプローチは、環境破壊の静かで深刻な進行を、音の少なさと選び抜かれた音符で表現しているかのようです。
2. 「Inner City Blues」:ファンクとブルースの爆発
アルバムのA面を締めくくる「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」は、一転して都会の荒涼とした現実と、それに対する怒りを剥き出しにします。
この曲のベースラインは、ファンクとブルースが融合した、極めて重く、粘っこいグルーヴが特徴です。クレジットには、ワシントンD.C.のベーシスト、ボブ・バビットの参加が確認されており、ジェマーソンがこの曲を弾いたかについては諸説ありますが(彼が二度とスタジオに戻らなかったため、バビットが最初から弾いた、あるいはジェマーソンのラインをバビットが補強したなど)、どちらにせよ、このラインはアルバム中でも特に「力」と「切迫感」があります。
ベースは、タイトなリズム隊と絡み合いながら、非常にブルージーなリフを反復します。単なる四つ打ちのリズムではなく、シンコペーションを多用し、聴き手に「立ち上がれ!」と叫んでいるかのようなドライブ感を生み出しています。この粘り気のある低音が、都市生活者のフラストレーションや、「叫びたい」衝動を、身体的なグルーヴとして表現しているのです。
3. グルーヴの「旅」:感情の起伏としてのベース
マーヴィン・ゲイは、このアルバムを「旅」として構想しました。この旅を支えているのは、間違いなくベースの「感情的な起伏」です。
流れるような「What’s Going On」の問いかけから、優しく深遠な「Mercy Mercy Me」の悲嘆、そして爆発的な「Inner City Blues」の怒りへ。ベーシストとしてこの作品を分析する時、私たちは単に「良いフレーズ」を探すのではなく、「なぜこの曲でこのフレーズが選ばれたのか」、そして「このグルーヴが曲の感情をどう動かしているか」を問わなければなりません。
次回は、この組曲構造をより深く掘り下げ、曲間を繋ぐリプライズ(Reprise)の妙と、アルバム全体のトーン(Tone)がどのように統一されているか、機材とレコーディングの視点から解析します。



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